2013/09/20

【私小説】Charli XCXのおかげです。(前編)

9/20/2013

夢の内容を覚えている事が少なくなってから久しい。年齢を経る毎に思い出せなくなるものだとか、あるいは覚えていないほうがよいらしい、なんて話も聞くが、そもそも思い出せるものと、そうでないものの違いは何処にあるのだろう。もし覚えていない方がよいのだとしたら、人は嫌な夢や辛い夢ばかり見ているのだろうか。私としてはいい夢くらい覚えていたいと思うけれど、先日見た夢は今でも鮮明に憶えている。


夢の中の私は、スペインと日本の田舎が混在したような辺鄙な場所を旅していた。すると、唐突に猛烈な便意に襲われ「クッ、我が体内に巣食う漆黒の蛇よ…今は貴様の出番ではないのだ…。」と、事態の沈静化を試みるも、私の意思に反してヤツの鼓動は激しくなるばかり。「ああ無情、便は不浄」と虚しく韻を踏みつつ、ヨロヨロと慎重に、時に足早に歩を進めていると、おや、前方に見えてきたのはひょっとして公園なのでは!これはありがたい…と急いで向かってみると、ああ、なんということでしょう!公衆便所を柄の悪いヤンキー共が占拠しているではないですか。しかもこのヤンキー連中ときたら、スペイン人らしき見てくれであるのに、何故か『少年マガジン』でしかお目に掛かれない様な紫色の学ランを着ているのが余計に腹立たしい。こんなクールジャパンは要らない。しかし、トイレの前でウンコ座りをする、という行為はなかなか洒落が利いている様に思えなくもない。…いやそんな事はどうでもよい、私はウンコ座りではなくウンコがしたいのだよこのエアーウンコ共め、あっちへ行け。

…などと言おうものなら、すかさず連中に絡まれてしまい、軽く腹を小突かれただけでビシャーであろうし、その結果、愚連隊は悪臭に慄いて去ってくれるかもしれないが、漏らした後でトイレを解放されても本末転倒である。では、何食わぬ顔をしてこのトイレで用を足す、というのはどうか。この場合は漏らさないで済む反面、連中の所持しているiフォーンで排便の瞬間を激写されてしまい、私のあられもないウンコ姿はInstagramへとアップロードされ、瞬く間に世界中へ公開されてしまう…という恐ろしい事態を招くのは火を見るより明らかであり、痛し痒しである。まさに”前門の虎、後門の狼”ならぬ”前門のヤンキー、肛門のウンコ”といったところで、この板挟みには暫し悩んだものの、やはり漏らすのも激写されるのも御免被りたい。斯くして私は大人しく連中がすぐに公園を去るか否か様子を見ることにした。

…のはいいのだが、この手の手合いはヒマを持て余しているうえ、金もない”貧乏暇アリ”だからこそ公園なんぞに溜まっているのであって(なにしろドリンクは無料、トイレも備えているのだから一種のファミレスみたいなものである)、一向にさる気配がないのだ。次第に、なぜ私がヤンキーの生態なんぞを観察しなくてはならないのか…と腹立たしくなってきた頃、ソレは起きた。子どもが投げて遊んでいたゴムボールが、別の一画でスケートボードに講じていた集団の所へコロリコロリと転がっていき、それを連中の1人が思いきり蹴飛ばすと、エアーウンコ集団の1人へボールが飛んでいって…(当たれ!当たれ!)おお!見事直撃したではないですか。哀れヤンキーの1人は持っていた缶コーヒーをズボンに落としてしまい、紫色のズボンが無残にもウンコ色に染まってしまったのであるが、これをキッカケとして、ヤンキーとスケボーの両集団が、よりによって、迷惑極まりないことに、トイレの前で大乱闘をおっ始めたのである。公園内はボールを蹴とばされワァワァ泣く子ども、コラオラシネーヤンノカコラ(ループ)と罵声を飛ばし殴りあう2つの集団、アァアァオゥオゥとおろおろする老人、ピーピーゴロゴロ腹を鳴らす私、で瞬く間にカオスと化してしまった。ってなんだこれ。これはもはや大便どころではない。

私は心底ウンザリしてしまい、ウン公園を後にしたものの、その後は行けども行けどもどこにも厠の類はなく、今にも門は破られそうな勢いである(というか、ちょっと頭出てるかもしれない)。やはりあの公園で済ませるべきだったのだろうか…。


気づけばすっかり日も傾いてきた夕刻頃、ふと周りを見渡してみるといつの間にやら相当な田舎道へと迷い込んでいたらしく、視界には山と畑が広がるばかり。すっかりひと気も無くなってしまったが、これは考え様によっては好都合とも言えた。つまり、野グソをしても人に見られずに済むのである。いい大人が屋外で大便を垂れる、というのは控えめに言ってもかなり情けない事態であるが、それでも漏らすよりは大分マシであるし、かのベルサイユ宮殿ではドレスアップした紳士淑女たちが廊下や庭で平然とウンコを垂れておったというから、野山に放とうとしている私の方が幾分紳士的と言えよう。そう、もう恐れない!例え野グソをする事になろうとも…!と、ケツイしたそのとき、私は1人の少女と出会った。

年の頃は10歳前後、小学校高学年くらいだろうか。肩にかかるウェーブがかかった黒髪と、日に灼けた褐色の肌を持つ愛らしいスパニッシュ・ガールであるが、夕日を背に現れた彼女は何故か興味津々の様子で私の方へと近づいてくると、おもむろに首を傾げるなり衝撃的な一言を放ったのだ。

「あれー、お兄さん、ひょっとしてウンチ漏らしたでしょー?(プークスクス」
「!?」

そんなバカな…まだ出ていない(筈だ)…。私は冷静を装い、「な、なんのことかな。漏らしてないし。」と言い返すが「えー、だってさ、なんかすごく臭いもーん。」と言って爆笑しだしたのだ。大変失礼なガキではありますが、こうなってはもう認めざるを得ない。ワタクシは、いま、まさに、すかしっ屁をですね、放ったところだったのですが、そこへ急にこの娘がですね、現れやがったのです。この小娘さえ現れなければ事が露見することはなく、シュレディンガーの猫よろしく、観測者の居ないオナラは存在しない状態とも言え、つまり私はオナラをしていない事としてこの物語を進める事が出来たというのにこのザマである。しかし、断じて実は出ていない(筈だ)ので「…ちょっとお腹が痛くてオナラをしてしまったが、本番はこれからだ。」と言うと、少女は「ふーん、まあいいや。じゃあ私帰るから。頑張ってね。」と言ってさっさと通りを渡ってしまったのだった。まったく、便意がないヤツは足取りも軽くて羨ましい限りだな!…などと皮肉を言っている場合ではない。これから敗戦処理ならぬ排便処理をせねばならない私は恥を忍んで尋ねた。「ちょっと待って。ところで、君の家はこの辺りなの?」

「…そうだけど、何で?」
「ええと、出来ればトイレなどを貸して頂けるとありがたいのですが。アハハハハ。」
「うん、別にいいけど。」

なんと、驚いたことにあっさり了承を得られたではないですか。この見ず知らずのウンコタレを家に招き入れるとは、なんという心の優しい小娘、じゃなくてお嬢さんなのでしょう…。いや待てよ、今どきこんなに優しい人間は珍しいどころか、むしろ怪しむべきかもしれない。実は私のウンコ心に付けこんだ巧妙な罠が待ち受けており、家に行った途端にコワモテのお父さんに身ぐるみ剥がされて追い出されるやもしれぬし(途中で漏らしてしまった場合はむしろパンツは取ってもらって構わないのだが…)、或いは妖しい宗教の勧誘の可能性もある。何しろここは異国であり、その地方ともなれば山賊紛いの住民が生息していてもおかしくなく、どんな邪教が蔓延っているかも知れたものではない。警戒するに越したことはないのである。

…でも演技している様には見えないんだよな、この自然な振る舞いは。などと油断してはならない。やらなきゃ、やられる、ヤツラは人間じゃないんだ。くらいの気構えで調度良い筈だ。たぶん。…そういえば、人間ではないといえば、彼女は夕日を背にして現れたのだが、今思い返すとそれはまるで後光の様であり、どこか神々しい光景であった。そして明らかに人間を超越しているこの優しさ…もしや、この少女は天使や女神、或いは妖精の類なのではあるまいな。きっとそうだ、そうに違いない。…ひょっとして、この少女こそがトイレの神様なのでは?ってそれはそれでなんかヤだな…。まあそんなことはどうでもよい、とにかく女神さまは実在したのである。おそらく、公園での騒動を見た神様が「おお、ヤンキーの所為でトイレにイン出来ずウン出来ないとは哀れなり、あの者にトイレを授けてたもれ。」などと言って私のもとに遣わされたに違いない。…となると、家につくなり「あなたが欲しいのはこの金のトイレ?それともこっちの銀のトイレかしら?」などと古の童話めいたことを言い出さぬとも限らないので、ここは事前に答えを用意しておいた方がよいだろう。故事に学ぶことは重要だ。

「いいえ女神さま、ワタクシめは、普通の陶器のトイレで充分でございます。」
「充分ではございますが、出来ましたらですね、ウォシュレットなどがついておりますと尚ありがたく存じます。」

いかん、私とした事がつい欲を出してウォシュレットなどと高級品を所望してしまったではないか。この部分は「ボットン便所でもなんでも構わないのでございます。」に直した方がよいだろう、などと一人思考に耽っていると「ねえ、さっきから何ブツブツ言ってるの?早く行くよー。」と言って、女神さまは先に歩き出してしまった。せっかちな女神も居たものであるが、女神さまをお待たせさせて機嫌を損ねてしまっては金のトイレどころではない。とにかく、ご機嫌を損ねないようにしなくては。そう、金と銀のトイレを手にするまでは…。と自分に言い聞かせ、颯爽と女神さまの後を追いかけ始めたのであったが、そんな私の邪な心を知ってか知らずか、女神さまはくるりと後ろを振り向いて「そうそう、またオナラされても困るから5メートル離れてついてきてね。」と満面の笑みで言うのであった。

(続く)

 
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